妹…3 (短編ハードボイルド)
佐久間亮介と妹の由美は、神栄商事の吉田と警察から逃れ、亮介は隣街の外れにある有料駐車場の奥に車を止めた。
その時、助手席で眠っていた由美が苦しそうに目覚めた。
『どうした?由美?』
由美はシートベルトを外し、『薬…薬…何処にあるの?薬…警察には行かない…行きたくない!薬…何処?吉田さんは?薬何処?』と言いながら助手席のダッシュボードを開け引っ掻き回し、シートの下に手を入れて苦しみだした。
『由美!しっかりしろ!我慢するんだ!我慢してくれ…』
亮介は由美を抱き締め押さえ付けた。
由美は暴れたが亮介の力には敵わなかった。
『くそっ!吉田の野郎…』
麻薬を欲しがる今まで見たことのない妹の姿に、亮介は泣きたくなるのと同時に吉田への怒りが急激に沸き上がってきた。
『病院に連れていくべきなのか…』
暴れる由美の体を押さえ付けながら亮介は時計を見た。
夜の九時を回ったところだった。
その時亮介のスマホの着信音が鳴った。
由美に着せていた自分のジャンパーの内ポケットからスマホを取り出しディスプレイを見ると、由美が働いていたスナック「鈴の音」からの電話だった。
『もしもし…』
『あっ、出たでた。亮介くん?』
『琴音ママ…』
『そうよ、さっきからずっと電話してたんだよ?』
『そうだったんだ…気が付かなかった…』
暴れる由美を押さえ付けたままなので、由美の声が琴音に聞こえていた。
『亮介くん、もしかして側に由美ちゃんいるの?』
『はい…神栄商事の吉田の野郎に薬射たれてたみたいで由美が薬を欲しがって暴れてるんです…』
『やっぱり…。スマホのニュース速報でさっき見たんだけど、亮介くん警察に追われてるよ。今何処に居るの?なんで警察に任せなかったの…』
『すいません…、警察が一向に動かないから痺れきらして神栄商事の奴に鎌かけてみたら、由美が神栄商事に居ることが解ったので…』
『ニュースでは大事になってるよ?神栄商事の吉田と亮介くん指名手配になってる。
由美ちゃんは苦しんでるんだね?』
『はい…俺なんかどうなってもいいけど…由美だけは…警察には渡したくないんです…吉田に相当酷いことされたみたいで…警察に話すのも嫌だって…由美が…』
『分かった、ちょっと待ってね…』
琴音はそう言って電話口で誰かと話していた。
『もしもし…亮介…くん。須藤だけど覚えてるか?』
電話口に須藤の声が聞こえてきた。
『須藤さん、覚えてます。何度か鈴の音で飲んだことある方ですよね?』
『あぁ、覚えててくれたか。由美ちゃん薬射たれてたんだって?今苦しんでるのか?』
『はい…吉田の野郎に毎日のように射たれてらしいです』
『そうか…ちょっと待ってろ。知り合いに医者がいるから今から診てもらえるように話つけとくから…』
『須藤さん…ありがとうございます!何処に行けばいいですか?』
亮介は落ち着いた須藤の言葉に心を撫で下ろす思いになった。
『とりあえず⭕⭕市の方に走れるか?』
『わかりました。⭕⭕市ですね。今から行きます』
『そうだ。連絡つけとくから⭕⭕市に入ったら電話くれるか?』
『わかりましたママの電話でいいですか?』
『あぁ、それでいい。これから行く医者は薬の治療には慣れてるから安心しろ。ただちょっと金かかるけど、そこはお前が何とかしろよ』
『はい、大丈夫です。本当にありがとうございます。今から向かいます』
『そうしてくれ』
電話はそこで切れた。
亮介は車を動かし、駐車場の出口で料金を払い⭕⭕市に向けて走り出した。
スナック「鈴の音」では、須藤の知り合いという医者に電話をかけて、佐久間亮介という男が妹を連れて行くので診てやってほしいと話をつけ由美の受け入れの了解を得た。
『須藤さん、ありがとう。由美ちゃん治るよね?』
琴音は須藤の好きなソルティドッグをカウンターの席に座る須藤の前に置いた。
『あそこなら薬にやられた連中を何度も診てるから大丈夫だよ。俺がいた組が世話になってた医者だからな』
『須藤さんがそう言うなら安心だね。全くうちの女の子に酷いことして…早く捕まればいいのに…あの男』
『手配受けてりゃ時間の問題だよ。ただ…あの無鉄砲な亮介がまた何かやらかさないか心配だけどな…』
カウンターで須藤と琴音が話しているとき、神栄商事の吉田が手下を連れて店に入ってきた。
『全く噂をすれば…』
須藤が振り向いてボソッと呟いた。
『あんたは出入り禁止って言ったでしょ!また暴れるんなら警察呼ぶよ!』
『うるせぇ!この店で働いてた佐久間由美来てねえか?』
『3週間前から連絡とれなくなってるんだけど…あんたが一番よく知ってるんじゃないの?さっきニュースで観たんだからね』
『てめぇ、女隠してたらタダじゃおかねぇぞ!』
吉田はそう言ってボックス席の椅子を力一杯蹴り飛ばした。
ホステス達の悲鳴が店内に響いた。
客は須藤の他に二人いたが、須藤と琴音以外は店内の隅に固まっていた。
須藤はゆっくり立ち上がり、吉田の前で仁王立ちとなった。
『おう、おっさん。うちの奴等襲ったのてめぇんとこの組員だろ!』
吉田は木刀の刃先を床に叩きつけながら須藤に一歩近寄った。
須藤は微動だにせず、吉田の目を睨み付けていた。
『組なんてもんは俺は知らねぇな。てめぇが恨み買うようなことしてるから襲われたんじゃねぇのか?
寄せ集めの若い奴等ばっかり揃えてやがるから簡単に襲われるんだよ。
お前らもいい迷惑だよな?
こんな半端もんの下で働かされてよ』
須藤は吉田の部下五人を一人づつ見ながら言った。
『何だとこの野郎!』
吉田は持っていた木刀を須藤の顔の前に突きだした。
須藤は吉田の木刀を左腕で横に払い吉田の襟首を右手で鷲掴みにした。
『兄さんよ…またここで暴れるつもりか?この店の客にも、ホステスにもちょっとでも触れたら容赦しねぇからな』
須藤は吉田を睨みつけた。
『おい、お前ら女がいないか店ん中探せ!』
吉田が部下に言ったその時、客の一人が警察に電話しようと携帯を取り出した。
吉田の部下がそれを見て、客に手を出そうとした。
ほぼ同時に須藤は吉田の胸ぐらを掴んでいた手を放し、吉田の顎を手のひらで下から突き上げた。
吉田は仰け反り木刀を手放して後ろに倒れそうになったところで、客に手を出そうとしていた男に寄りかかる格好になった。
須藤は落ちた木刀を拾い上げ、吉田の顔の前に木刀を突き付けた。
『手を出したら容赦しねぇって言ったはずだよな?頭かち割られたいのか?』
須藤は木刀で吉田の胸の辺りをつついた。
『ふざけてんじゃねぇぞおっさん!』
吉田は須藤に掴みかかった。
その時、須藤の持っていた木刀の刃先が吉田の顎の下を捉えていた。
『兄さんよ。このまま下から突き上げたらどうなるか分かるか?』
須藤はそう言って吉田の顎の下を木刀で少しずつ押し上げていった。
『このくそ野郎!』
吉田の部下が喚きながら須藤に飛びかかった。
須藤は飛びかかってきた男の股間を足で蹴りあげた。
喉から絞り出すような声をあげて男はその場で踞った。
須藤が持つ木刀は更に吉田の顎に食い込んでいった。
『これが本物のドスじゃなくてよかったな?えっ、兄さんよ。俺とお前らとじゃ喧嘩の場数が違うんだよ。大人しく帰るか?そして二度とここには来ないと約束するか?』
『わ、わかった…』
『わかりました…だろ?』
『く、くそ野郎…』
吉田は精一杯の反抗を見せた。
『なんだ、まだ分かってねぇようだな?』
須藤は吉田の顎の下に突き付けている木刀を突き上げた。
吉田の下顎が突き上げられ横にズレるのが須藤には見えた。
吉田は大きく仰け反り後ろに倒れた。
倒れたと同時に吉田の口から歯が溢れ落ちた。
『社長!』
部下の一人が須藤に掴みかかろうとした時、須藤の持つ木刀の刃先が掴みかかろうとした男の腹にめり込んだ。
男は腹を押さえて膝を着いた。
『おらおら、さっさと尻尾丸めて帰れ!』
須藤は吉田達を追い払うように木刀を左右に振った。
『てめぇ、近いうちに半殺しにしてやるから覚えとけよ』
顎を手で押さえて須藤を睨み付ける吉田。
『おい、折れたてめぇの歯、持って帰れよ』
吉田の部下の一人が吉田の折れた歯を拾い上げた。
吉田は捨て台詞を残して部下に抱えられ店を出ていった。
『ママ、塩撒いときな』
『は、はい…』
須藤の気迫に呆気にとられていた琴音は塩を持ち入り口を開けて塩を撒いた。
『さ、飲み直し飲み直し』
須藤は客とホステスを見てVサインを見せて、にやっと笑った。
その頃、亮介は助手席に座り薬が切れて苦しむ由美を片手で押さえながら○○市に向い車を走らせていた。
「○○市に行くには、奴等を襲った街を抜けなきゃならないのか…」
亮介は考えていた。
裏道を行くか、街中の幹線道路を行くか…。
その時、後方からライトのパッシングをしてくる車が近付いていた。
亮介はパトカーなのかそうでないのか、バックミラーで確かめた。
神崎のことは警察に言ってあるから、この車が警察に手配されていることは亮介も分かっていた。
警察ならマイクで呼び掛けるはず。
しかも赤色灯も着いていない。
だとすると神栄商事の奴等か…。
奴等も、神崎と大量の薬が警察の手に渡ったことも知っているから、神崎の車が走っているのは奴等も腑に落ちないだろう。
そんなことを考えていた亮介の目に、パッシングしながら追い越そうとする車がサイドミラーに映った。
亮介が運転している神崎の車を追い越そうとしている車の中には三人の男が乗っていた。
『社長、神崎さんの車を見つけました。ナンバーも車種も間違いありません』
助手席の男が吉田に電話をした。
『必ず捕まえろ。男は半殺しにしてやれ!女がいたら無傷で連れてこい!男も半殺しで俺のところに連れてこい!生きたまま海に沈めてやらねぇと気がすまねえからな!』
『わかりました』
「片側一車線の追越禁止道路で追い越しかけてくるのは奴等に限らずろくでもないやつだからな。関わらないのが一番ってか!」
追い越しをかけていた車とスピードを合わせていた亮介は、信号の無い交差点手前でフルブレーキをかけて脇道に右折した。
追い越してをかけていた車も、亮介にワンテンポ遅れてフルブレーキをかけたが、亮介が入った脇道を通りすぎていた。
しかし、対向車も後方車もいなかったため、神栄商事の男達の車はすぐに体制を建て直し、脇道に入り亮介の運転している車を追いかけるのだった。
再び車が追いかけてきたことで、亮介は追いかけてきている車が神栄商事の奴等だと確信した。
亮介は再び右折してすぐに止まった。
追いかけてきた車も右折してきたが、亮介が運転していたワンボックスが止まっていたのでビックリして慌ててハンドルを切ったせいで電柱を支える黄色いカバーのかかったワイヤーに車体が乗り上げて前輪が浮いてしまった。
『よし、成功だ』
亮介はそのまま走り去って男達を巻いた
その後、亮介は大通りに出て他の車と街に溶け込み、街を抜けたのだった。
冬の夜空には丸い月が浮かんでいて、亮介が運転しているワンボックスのラジオからは Fly me to the Moon の歌が静かに流れていた。
つづく。。。
ども~♪(*゚▽゚)ノ
亮介が抱く吉田への怒り。
吉田が抱く亮介への怒り。
もうすぐ、この二つの感情は須藤をも巻き込みぶつかり合うことになります。
次回もお付き合いいただけたら嬉しいです♪
今回も最後までお付き合い
ありがとうございました♪
また来てね♪(@^^)/~~~
今回の選曲♪
【Fly me to the Moon 】ドリス・デイ
いつも応援ありがとうございます♪

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