佐久間亮介は、妹の由美と夜の繁華街の路地裏に身を潜めていた。
『おい!居たか?』
『いえ、見つかりません!』
『なにやってんだお前ら!仲間呼んでしらみ潰しに探せ!絶対に奴を逃がすな!』
『はい!』
数人の若い連中がスーツを着た男、吉田和也に怒鳴られ再び夜の繁華街へ散らばっていった。
『あの野郎、俺の女を連れ去った上に大量の薬を警察に売りやがって!見つけたら必ず海に沈めてやるからな』
吉田和也は神栄商事という架空の社名を使い、麻薬と麻薬に似た成分の幻覚と快楽を誘う錠剤を売り捌き、ヤミ金や電話を使った詐欺を働いては事務所を転々と変えていた。
佐久間由美が行方不明になったのは、2週間前の事だった。
由美は、隣町にある繁華街の一角にある「鈴の音」というスナックでホステスとして働いていた。
極普通のスナックだったが、店のママの評判もよく、評判の良いママだからこそのお店のホステスもまた、お客ウケが良かった。
3週間前、そのスナックに吉田和也と神栄商事幹部と言われる連中が客として現れた。
そこで、鈴の音のホステスである佐久間由美を気に入り、毎日店に来るようになった。
柄の悪い客だったが、スナックの経営者である鈴木琴音は嫌な客だと思いながらも、スナックのママとして最低限の接客はしていた。
しかし、店の女の子の体を触ったり他の客と喧嘩になったりとトラブルが続き、琴音も我慢の限界になり神栄商事の社長と名乗る吉田和也に出入り禁止を告げたのだった。
『お客さん、ここはスナックなので女の子に手を出すのは止めてください、といつも言っていますよね!
他のお客さんにも喧嘩吹っ掛けるし!
ハッキリ言って迷惑なので、お金入らないから出ていってください!
そしてここには2度と来ないでください!
早く出てって!』
琴音はドアを指差し吉田を睨み付けた。
吉田和也は琴音の顔を見たまま、ゆっくり立ち上がった。
琴音は、この時既に腹を据えていて吉田への怒りだけが琴音を奮い立たせていた。
『よく聞こえなかったんだけど…、何て言ったのかもう一度行ってみてくんねーかな…』
吉田はそう言ってボックス席のテーブルに置いてあるウイスキーのボトルを握り締めた。
その時、店の常連客の一人が仲裁に入ろうとしたところで、吉田は手に持っていたウイスキーのボトルを、仲裁に入ろうとした常連客に投げ付けた。
『てめぇはでしゃばってくんじゃねぇ!』
吉田が怒鳴りながら投げ付けたウイスキーのボトルは、常連客の体を掠めて壁に当たって砕け散った。
店の女の子達の悲鳴が店内に響いた。
『ちょっと何すんのよ!他のお客さんが怪我するでしょっ!早く出てけ!クソガキ!』
『あぁ?クソガキだと?』
吉田は琴音に掴みかかろうとしたとき、カウンターの隅で一人で飲んでいた常連客の須藤が吉田に近付いた。
『須藤さん…』
琴音ママは一瞬ホッとしたような表情を見せたが、すぐに吉田の顔を睨み付けた。
『なぁ、兄さんよ。どこぞのヤクザか知らねぇけど、やることが少し子供じみてねぇか?
いい大人なんだからよ、大人らしい態度とれねえのかよ?』
須藤の低い声は、相手を怯ませるには十分な迫力があった。
しかし吉田は怯むことはなかった。
『なんだおっさん、テメーも引っ込んでろや!』
そう言って吉田は須藤のシャツの胸元を掴んだ。
須藤のシャツのボタンが外れ、背中から胸に繋がっている彫り物の竜の顔が吉田の目に留まった。
須藤は50近い歳だが30そこそこの吉田に怯むこともなく須藤の目は吉田の目から一瞬たりともそれることはなかった。
神栄商事という架空の会社を仕切っている吉田は、地域のいわゆる暴力団からも煙たがられていて、徐々に力を着けつつある吉田に対して、好きあらば潰そうと考えている暴力団も少なくなかった。
須藤の気迫に押されたかのように、吉田は須藤のシャツを掴んでいた手を離した。
『まぁいいや…。俺も他の組の奴等と揉め事は起こしたくねぇからな。
今回はあんたの顔を立ててやるよ。おい、帰るぞ』
吉田は一緒に飲んでいた神栄商事の幹部等に声をかけて店を出ていこうとした。
『兄さんよ。弁償金くらい置いていくもんじゃねえのか?この店はママさん一人でやりくりしてんだよ。ガキじゃねえんなら少しは大人らしいことしてもいいんじゃねぇか?』
吉田は舌打ちをして、胸ポケットから財布を取り出し三万円を、側のボックス席のテーブルに叩き付けるように置いて店を出ていった。
普段は見せない気迫のこもった須藤の顔は、ため息をついてから、カウンターの隅で飲んでいる時の何時もの穏やかな顔を琴音ママに向けた。
『全く…酒が不味くなっちまうよな…』
須藤は常連客と琴音ママに笑いながら言って
自分のカウンターの席に戻った。
『皆さん、お騒がせしました。気を取り直して飲んで歌ってください。ご迷惑掛けちゃったので、皆さんに飲み物一杯私からサービスさせてください』
その間、由美たちホステスは砕け散ったボトルの破片を片付け、汚れた壁と床を拭き取り、あっという間に掃除を終えて接客を始めた。
帰ってしまった客もいたが、常連客のカラオケも始まり、店内は何時ものスナック鈴の音に戻っていた。
『須藤さん…本当にありがとう…。なんてお礼を言っていいか…須藤さんが居てくれて本当に良かった…。これ、私からのおごりよ』
琴音ママは、そう言って須藤の好きなソルティドッグをつくり須藤の前に置いた。
その時、琴音ママの手が微かに震えていたのを須藤は見ていた。
『ありがとう。それにしてもママも強いね。こういうお店のママは、あのくらいの強さがあっていいと思うよ。ママが本気で怒ったの2回目?3回目だっけ?今日のママが一番怖かったかもしれない』
須藤はニヤリと笑って、ソルティドッグのグラスを顔の高さに上げてからグラスに口をつけた。
琴音ママは須藤より少し歳上の50代に入ったばかりだった。
40代になって、このお店「鈴の音」を始めた。
夫とはお店を始める前に別れて、それまでこつこつとお金を貯めて40代になって、自分の夢だったお店を持ったのだった。
須藤は開店当時からの客で、いつもカウンターの隅で一人で飲んでいた。
言葉数の少ない須藤だったが、時々カラオケも歌い、楽しかった、と上機嫌で帰っていく須藤。
時々鋭い目付きを、柄の悪い客に向けていた須藤は、琴音ママには強い味方だった。
琴音ママが柄の悪い客に強く出られるのも、須藤が居てくれるから、という思いになったのは、店を立ち上げて5年くらい経った頃だった。
琴音は心の中では、須藤を慕っていた。
お店のママという立場上、お店の女の子たちにも示しが付かないので、須藤に対する恋心に近い感情は、自ら押し殺していた。
しかし、それがあからさまに須藤の前で押さえきれない心が出てくるときもあった。
そんなとき、須藤に「ママ飲み過ぎだぞ」と言われる時が度々あった。
「ママがいるからここに来たいんだ」と琴音は須藤に言われたこともあった。
お互いが愛しいと思う気持ちがあるが、何時しか客とママの関係を楽しむようになっていたのだった。
そんな琴音ママが経営するスナック「鈴の音」で吉田が店で暴れたその日の閉店後。
神栄商事の吉田は若い部下を連れて「鈴の音」の見える場所で車に乗って、佐久間由美が出てくるのを待っていた。
吉田のお気に入りのホステスである由美を拉致して薬漬けにして監禁する計画だった。
そして「鈴の音」のネオンが消え、女の子たちが出てきて駅の方へ歩いて行き、駅前で女の子たちはタクシーを待っていた。
一人づつタクシーに乗り、最後に由美が残ったところで吉田達は行動に出た。
既に終電の時間は過ぎていて、駅前は12月の冬のせいか、人影は疎らだった。
タクシー乗り場で待つ由美の前に、吉田達は車を横付けして、あっという間に由美を拐っていった。
由美は力一杯抵抗したが、クロロホルムが染みた布で口を押さえられて、由美は無抵抗になった。
由美が行方不明になって2週間が経とうとしていた。
亮介は警察にも捜索願いをだし、由美が勤めてkたスナック「鈴の音」でも心当たりがないか聞いた。
そこで神栄商事の吉田、という名前を亮介は聞いたのだった。
警察への由美の行方不明捜索願いは、警察に何度照会しても「現在捜査中」の一点張りだった。
両親のいない亮介と由美は、近い場所で別々に暮らしていたが、由美がスナックで働いて帰りが遅いことを心配して、仕事が終わって家に着いたらメールか電話をするように亮介は妹の由美に言ってあった。
由美も兄である亮介に心配をかけまいと、家に帰ったら必ずメールを欠かすことは無かった。
そして、由美が吉田に拉致されたその日。
由美から帰宅のメールは無かった。
翌朝、亮介は出勤前に由美の家に行ったが帰った様子がなかった。
そして、次の日も…。
その次の日も…。
そして警察に捜索願いを出し、亮介は由美の勤めていたスナックで、神栄商事と吉田の名前を耳にしたのだった。
ネットで神栄商事と検索して、同じ名前の会社を隈無く検索して、ヤミ金の神栄商事を突き止めたのだった。
この時点で、由美が吉田に拐われたということは、亮介には憶測でしかなかったが、一か八かで鎌をかけてみることにした。
お金を貸してほしいと言って、偽名で佐藤真二と名乗り、ヤミ金を誘い出した亮介。
お金の受け渡しが車の中、ヤミ金業者は二人、ということを口コミで知った亮介は、ゴキブリ用の殺虫剤と針金とビニール紐、そして軍手とマスクを買い、軍手をはめてマスクを着けて、針金とビニール紐、ゴキブリ用のスプレーを手提げ袋に忍ばせて業者と連絡を取り、待ち合わせ場所で待っていた。
1台のワンボックスが亮介の前に止まり運転席の男が良輔を見て手招きをした。
後部座席のスライドドアが開き、『佐藤真二さん?』と運転席の30代くらいの小太りの厳つい男が亮介に声をかけた。
『あっ、はい佐藤です』
わざと男を見て怯える素振りを見せた亮介。
『乗って』
運転席の男は亮介に後部座席に乗るように促した。
後部座席には誰もいなかった。
運転席の男一人だと分かった亮介は「こりゃ都合いいや」と口許だけで笑った。
『ドアは自分で閉めて、俺が閉めると監禁になっちゃうから』
男はぶっきらぼうに言って書類を助手席に置いてある鞄から出そうとしたとき、亮介は紙袋からゴキブリ用のスプレーを出して男の顔めがけて噴射した。
『うわっ』
男は顔を手で覆いながら運転席側のガラスに頭をぶつけた。
すごい音がしたが、ガラスが割れることはなかった。
亮介は尚も男にスプレーを噴射した。。
そしてビニール紐を男が顔を覆っている両手と共にぐるぐる巻きにして運転席のヘッドレストに何重にも巻き付けた。
『今から俺の言うことに、ハイかイイエで答えろ。吉田という男を知ってるか?』
男は答えなかった。
亮介は片手でビニール紐を引っ張りながら、もう片方の手で男の顔にスプレーをたっぷり噴射した。
『ほーら、目を開けると痛いぞ~。息もすると肺が壊れるかもしれないぞ』
男は『うーうー』と言うだけで足をバタバタさせるだけだった。
『もう一度聴くけど、、、吉田という男を知ってるか?』
『⭕×※◻⭕×※◻』と喚く男。
亮介には男の言葉はハッキリ聞き取れなかったが、男が動かせない首を少しだけ前後に動かしたことで、亮介は納得した。
『その男は何処にいる?』
と聞いてもこれじゃ喋れないよな。
そう思った亮介は、男の顔に数回拳を横殴りに叩き込んだ。
男は脳震盪を起こして運転席に座ったまま気を失った。
亮介は、それほど大きい体ではないが、高校を中退してからスポーツジムで体を鍛えていて筋肉質で喧嘩をしても打たれ強かった。
喧嘩は高校の時からずば抜けて強く、喧嘩のセンスは高校時代は誰もが認めることだった。。
そんな亮介に、ぼこぼこにやられた男の顔にぐるぐる巻きにしたビニール紐を亮介がほどくと、男は助手席側に崩れるように倒れた。
小太りの男をなんとか運転席から後部座席へ引きずり出し、両手両足を針金で縛り付け、事前に調べておいた使われていない倉庫に、男が乗ってきたワンボックスごと入った。
亮介は男を引きずり出し、倉庫の床に転がした。
そこで男は目を覚ました。
『うぅぅ…』
『おっ、目を覚ましたね』
『て、てめぇはどこの組のもんだ…こんな…ことしてただ…ただで済むと…お、おもうな…よ…』
『まーだそんなこと言う元気あるんだ。もっかい顔にスプレーするか?』
『や、やめてくれ…スプレーはやめてくれ』
『だったら変に強がってんじゃねーよ。あんた、自分の置かれている立場をよーく理解した方がいいんじゃないか?』
『わ、分かった。何でもするから命だけは助けてくれ…なっ?殺さないでくれ…』
『別に俺は殺すつもりなんかないよ。あんたが俺の聞くことに正直に答えてくれりゃ、それでいいからさ』
『分かった、何でも喋るから…、何でも言うからさ…』
『ものわかりのいいおっさんだな。神栄商事はあんたがいる会社だよな?』
『そ、そうだ』
『吉田って男知ってるよな?』
『あぁ、うちのしゃ、社長だ』
『あんたら2週間前に何処かのスナックで暴れなかったか?』
『社長だ。社長と若いもんがスナックで、その店のママに出入り禁止って言われたことに社長が腹立ててウイスキーのボトルを他の客に投げ付けたって言ってた。
そのあとで、そこの店のお気に入りの女を拉致してきたって言ってた…』
『女?!店の女の子をか?』
『あぁ…拉致までするとは俺も思ってなかった…薬漬けにして俺の女にしてやるって言ってた』
『てめぇ…その女は何処にいるんだ!すぐに教えろ!』
亮介は、そう言って男の襟首を掴んだ。
『待て、待ってくれ…言うから…⭕⭕町の⭕⭕ビルの…6階の事務所とは別のフロアにいるはずだ…ただ…今夜…じ、事務所を別の場所に移転するこ、ことになってる。俺が…帰らなかったら…皆必死になって俺を探しにかかるだろう…』
『どう言うことだよ…』
亮介は男の襟首を掴んでいた手を離した。
『車の中に…さっき買い占めてきた…く、薬が大量に入ってるんだ。麻薬と、それに似た錠剤が入ってる…うちの…うちの会社の資金源だ…。お前にも…少しやるから…俺を見逃してくれ…。あんたの組も薬を売り捌けるんだ…それで…それでチャラにしてくんねーかな…』
男の言うことが本当かどうか、亮介はワンボックスの車の中を調べた。
後ろのトランク部分に段ボール箱が4つあり紙袋の中には錠剤のようなものが大量に入っていた。
その段ボール箱と、紙袋の錠剤を男の横に置き、車の中にあったハサミで男の来ている服をズタズタに切り裂いて素っ裸にした。
そして後ろ手に針金で縛られている男の手と足を針金で繋げた。
『おっ、おい…これじゃ約束が違うじゃねぇかよ…』
『俺はあんたを逃がすなんて約束してねぇぞ。殺すとも言ってない』
そう言って、亮介は男が逃げられないように、今は使われていない倉庫に素っ裸で縛り付けて監禁した。
『女を助け出したら、この場所を警察に伝えてやるから。あんたはヤミ金で相当悪いことしてるみたいだし、持ってちゃいけない薬も持ってるし…、間違いなく逮捕されて根掘り葉掘り聞かれるだろうから…覚悟しといた方がいいぜ。
あんたが言った今夜の事務所移転が、もし嘘で俺が女を助け出せなかったら…もうすぐクリスマスだからな。
あんたは凍死するかもしれない。
あんたの言ったことが本当だったら、俺は女を助け出して、ここにいるあんたのことを警察に伝えといてやる。
そこで…もう一度聴くけど、今夜の事務所の移転、嘘じゃないだろうな?』
亮介に縛られて転がっている男は、ふてくされたように『あぁ…』とだけ言って見るからに悔しそうな顔をしていた。
キツく縛られた男の手足は、寒さと痺れで既に感覚が無くなってきていた。
『間違いないようだな。警察が来たら俺が女を助け出せた、と思ってくれ。まぁ、あんたの体がそれまで寒さに耐えられれば、だけどな』
亮介は立ち上がりながら言って、倉庫内を見渡した。
汚れたブルーシートが亮介の目に留まった。
亮介は汚れたブルーシートを引き摺ってきて、男の上に無造作にかけた。
『せめてもの俺の気遣いだ。警察が来るまでそれで我慢してろ』
そう言って、亮介は男が乗ってきた車を運転して神栄商事へ向かった。
40分くらい走って、亮介は神栄商事という架空の会社として事務所が入っているビルが見える、少し離れた場所で車に乗ったままビルの出入り口を見つめていた。
広い道路で路上駐車も多く、その場所に溶け込むのは容易だった。
つづく。。。
どもです(*゚▽゚)ノ♪
短編ハードボイルド第2弾♪
緊迫の場面から始まったストーリー。
思い付きでストーリーが出来上がり、一日かけてここまで書けました♪
正直言って、場面を頭の中で描いて書いてる私自身楽しいです♪
喧嘩慣れしている佐久間亮介は、悪党の吉田和也とどう闘っていくのか…。
妹との絆…
スナック「鈴の音」のママ、琴音と須藤の行方は?
ラストはどうなる…
書いてる私もワクワクです♪
【妹】かぐや姫今回も最後までお付き合い
ありがとうございました♪
またきてね♪(@^^)/~~~
いつも応援ありがとうございます♪
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テーマ : ハードボイルド
ジャンル : 小説・文学